お知らせ

花火に感動。

昨日は、清水港祭り最終日で恒例の花火が上がった。
maturi01
maturi02
次から次にと上がる花火に感動
連発花火はとっても綺麗でした。
maturi03
maturi04
見ているだけで、一日の疲れも一気に吹っ飛びました。
明日からまた頑張りましょう

連休はどこも混雑。

 連休中、久しぶりに山中湖へ出かけました。
お約束通り、御殿場インター手前から大渋滞でした。
なんとかたどり着きましたが、天気もいまいち。
富士山も見えませんでした。

yamanaka1
yamanaka2
湖で不思議な事やっている人見ました。
これは新しいスポーツか?
一度やってみたいなぁ

些細な事でもちゃんとやろう。

ちょっとした怠惰を続けていると、


仕事も生活も、


かならず大規模な修理が必要になります。


最高の人びとは、


ささいな物事も汗をかいてちゃんとやります。


彼らは、長続きする成功は、


「革命」ではなく、


「進化」を経て実現することをわかっています。
      (ロビン・S・シャーマ)

花火を見た。

 昨日、家の近くでお祭りがあり、花火が上がった。
バルコニーから見れるので、毎年楽しみにしている
いつも梅雨時期に行われるので雨が多かったりするが、
昨日は雨もなく、視界も良好でなかなか良かった。

花火1
花火って写真撮るの難しいです。
思いっきりピンボケですが・・・。

花火2

さまざまな形に変わる雲に感動。

昨日の空は、目まぐるしく雲が変化した。
大気圧の影響か?上空もかなり風があったようで
雲があらゆる形に変化していった。
見ていてとても面白かった。
ここ最近、こんなに変化する雲はなかったからね。
ついつい写真を撮るのを忘れてしまった。
やっと撮った時にはすでに19時頃になっていた。
自然がつくるのもは凄いね。
kumo

なにか神聖な感じが・・・・。

先日、仕事で行った湯河原の物件の近くにあった神社。
普段はあまり気にしないのだが、近くを通るとなんか
こっちに来い、こっちに来いといっているかのようで

神社に行って、お参りしてきました。
木に覆われた神社は何か神聖な感じがして
すがすがしく気持ち良かった。
時より強い風が吹くと、なんか「ゾクゾク」っとした
そういったものには全く感じない私だが・・・・。
時には静かに風の音を聞くのも心地良いものです。

神社

謙虚な姿勢

 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
年を重ねるごとに見栄やプライドで
人に教えてもらったりすることが難しくなっていくものです。
素直に人から教えを請う事によって
新しい知識や知恵が生まれたりします。
謙虚に学ぶ姿勢は、いろんな意味で自分を向上させるものだと思います。

自然に生きる。ありのまま・・・。

 

自然訓


「一、人は一つの自然である。われわれは自然の如く真実でなければならぬ。


(そうです。人は自然なのです。しかし、現代人はこの至極当たり前の厳然たる真理を忘れてしまって、人間というのは何か特別の存在のように思い込んでいる。そこに現代文明の危うさがある。文明の進歩・発展は同時に文明の衰退・破滅でもありますが、そのことをわたし達は認識していない。だから、未だに経済発展至上主義の風潮が蔓延っているのです。経済なんていうのは、枝葉末節です。根本ではない。根本は「いかに自然であるか」ということです。それなのに現代文明はあまりにも不自然な生き方を強いられます。車に乗るのも不自然。エアコンで温度を調整するのも不自然。コンビニで買い物をするのも不自然。二十四時間営業も不自然。年中無休も不自然…というように、何から何まで不自然です。便利や快適と引き換えに自然を失ってしまったと言ってもいいでしょう。しかし、そのようなことを考えたこともない、考えてみようともしない。そんなことを言うと、ほとんどの人がなにを馬鹿げたことを言ってんだよ、と思ってしまうでしょう。それほど、不自然な存在、不自然な生き方をしているのです。しかし、自然に戻ること。これが現代人の最大のテーマだとわたしは確信しています。)


一、自然はすこやか(健)である。われわれも常に怠ることなく努めよう。


(先日、久しぶりに朝の通勤時間帯に車で出掛けました。通勤ラッシュでノロノロ運転でしたので、車を運転している人々の様子を観察したところ、ほとんどの人が苛々しながら運転している。朝から苛々しているのは、善くありません。体にも心にも毒です。ほとんどの人が自分では気が付かないうちに朝から毒を発している。その毒が会社に到着すると会社中に蔓延するわけですから、実に不健康。すこやか(健)ではありません。会社というのは大体同じような時間に始まるのですから、通勤ラッシュが起こるのは仕方がないとしても、それに巻き込まれて苛々してしまうその心をどう制御するかということを考えないと、出勤するだけで人間らしさを失ってしまいます。)


一、自然は造化である。われわれもかたくな(固陋:ころう)にならず、一生自己を進化してゆこう。


造化とは大宇宙の絶えざる発展の現われです。人間も大宇宙の一部ですから、自ら進化・発展し続けなければなりません。大学にあります、湯の盤の銘に曰わく、「苟(まこと)に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなれ」であります。今日のわたしは、昨日のわたしよりもどこからしら進化・発展していなければいけない。昨日・今日の比較ではわからなくても、一年前と比べた時に、どこも進化・発展していない、なにも変化していないということでは、まともに生きていない、ということです。)


一、自然は無限である。われわれも大海・虚空の如く心胸を開こう。


(自然は無限である。すなわち大宇宙は無限です。わたし達も自然の一部、大宇宙の一部でありますから本質的には無限の存在です。しかし、大宇宙の造化の現われとして、この世に人間として生まれ出た時から、無限の限定の存在となりました。すなわち有限。生老病死。この世に形あるものとして生まれ出たものは、やがて老いて病んで死んでいく宿命にあるのです。しかし、本質は無限です。これをお釈迦さまは色即是空と表現したのです。)


一、自然は円通である。われわれも万物一体の妙理を学んで安心立命を深めよう。


(円通というのは、すべてに通じること。よくお坊さんが円相といって、一筆で円を書きますが、その円はこの大宇宙を表しているといいます。ですから円通というのは、大宇宙に通じること。万物一体となることであります。大宇宙に通じてこそ、安心立命が得られるのです。安心は「あんじん」と読みます。わたし達が日常会話で用いる安心とは、意味が違います。もっともっと奥深い言葉です。心が本当に安んずること。安楽になること。何が起こってもそれを受け入れられる大きな安定した心が安心です。立命というのは、天命に導かれて運を切り開くこと。天から授かった己の人生を生き切ることです。)」
                         (安岡正篤)

ハイキングのつもりが・・・。しかし富士山も見れたし。

 昨日、ハイキングもつもりで知人と出かけた朝霧の「毛無山」
初心者なので、全く分からないで行ったのだが。
駐車場から降りて、少し歩くと・・・。
「まじ!
「ハイキングじゃなくてこりゃ、登山じゃないのか?
と思わせる、急勾配な岩肌の斜面を登るルートがあり
有り難いことにロープまで付いています。
しかし来てしまったのだから引き返すわけにもいかず
「前進!」
途中、滝があり景色も良好。

滝
登るのは大変だが、こういったご褒美もある。
富士山が綺麗に見える見晴台もあった。
曇っていたけど富士山、綺麗に見えました。

富士見晴台
周辺の山もこんな感じです。
周辺山
ヒイヒイ言いながらも、なんとか山頂へ
山頂で食べたカップラーメン旨かった。
雲の上から見る景色は久しぶりですね。

山頂
登るより、下る方がもっと大変!
「膝、笑ってます
筋肉痛が心配だ

人は支えられて生きている。

 今、自分が生きている(存在している)のは
たくさんの人の支えがあるからなのです。
よく、「自分の力で生きています」
なんて言っている人がいますが
人は一人では生きていけません。
多くの支えがあって生きているものです。
だから相手には感謝の気持ちを持って
「ありがとう」
「お世話になっています」
と言って感謝しましょう。
人生は「縁」で結びついているものです。

電話お問合せ 0545-32-7775

〈 受付時間 〉 9:00〜18:00 〈 定休日 〉 毎週 土曜・日曜・祝日