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社長ブログ

自然に生きる。ありのまま・・・。

 

自然訓


「一、人は一つの自然である。われわれは自然の如く真実でなければならぬ。


(そうです。人は自然なのです。しかし、現代人はこの至極当たり前の厳然たる真理を忘れてしまって、人間というのは何か特別の存在のように思い込んでいる。そこに現代文明の危うさがある。文明の進歩・発展は同時に文明の衰退・破滅でもありますが、そのことをわたし達は認識していない。だから、未だに経済発展至上主義の風潮が蔓延っているのです。経済なんていうのは、枝葉末節です。根本ではない。根本は「いかに自然であるか」ということです。それなのに現代文明はあまりにも不自然な生き方を強いられます。車に乗るのも不自然。エアコンで温度を調整するのも不自然。コンビニで買い物をするのも不自然。二十四時間営業も不自然。年中無休も不自然…というように、何から何まで不自然です。便利や快適と引き換えに自然を失ってしまったと言ってもいいでしょう。しかし、そのようなことを考えたこともない、考えてみようともしない。そんなことを言うと、ほとんどの人がなにを馬鹿げたことを言ってんだよ、と思ってしまうでしょう。それほど、不自然な存在、不自然な生き方をしているのです。しかし、自然に戻ること。これが現代人の最大のテーマだとわたしは確信しています。)


一、自然はすこやか(健)である。われわれも常に怠ることなく努めよう。


(先日、久しぶりに朝の通勤時間帯に車で出掛けました。通勤ラッシュでノロノロ運転でしたので、車を運転している人々の様子を観察したところ、ほとんどの人が苛々しながら運転している。朝から苛々しているのは、善くありません。体にも心にも毒です。ほとんどの人が自分では気が付かないうちに朝から毒を発している。その毒が会社に到着すると会社中に蔓延するわけですから、実に不健康。すこやか(健)ではありません。会社というのは大体同じような時間に始まるのですから、通勤ラッシュが起こるのは仕方がないとしても、それに巻き込まれて苛々してしまうその心をどう制御するかということを考えないと、出勤するだけで人間らしさを失ってしまいます。)


一、自然は造化である。われわれもかたくな(固陋:ころう)にならず、一生自己を進化してゆこう。


造化とは大宇宙の絶えざる発展の現われです。人間も大宇宙の一部ですから、自ら進化・発展し続けなければなりません。大学にあります、湯の盤の銘に曰わく、「苟(まこと)に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなれ」であります。今日のわたしは、昨日のわたしよりもどこからしら進化・発展していなければいけない。昨日・今日の比較ではわからなくても、一年前と比べた時に、どこも進化・発展していない、なにも変化していないということでは、まともに生きていない、ということです。)


一、自然は無限である。われわれも大海・虚空の如く心胸を開こう。


(自然は無限である。すなわち大宇宙は無限です。わたし達も自然の一部、大宇宙の一部でありますから本質的には無限の存在です。しかし、大宇宙の造化の現われとして、この世に人間として生まれ出た時から、無限の限定の存在となりました。すなわち有限。生老病死。この世に形あるものとして生まれ出たものは、やがて老いて病んで死んでいく宿命にあるのです。しかし、本質は無限です。これをお釈迦さまは色即是空と表現したのです。)


一、自然は円通である。われわれも万物一体の妙理を学んで安心立命を深めよう。


(円通というのは、すべてに通じること。よくお坊さんが円相といって、一筆で円を書きますが、その円はこの大宇宙を表しているといいます。ですから円通というのは、大宇宙に通じること。万物一体となることであります。大宇宙に通じてこそ、安心立命が得られるのです。安心は「あんじん」と読みます。わたし達が日常会話で用いる安心とは、意味が違います。もっともっと奥深い言葉です。心が本当に安んずること。安楽になること。何が起こってもそれを受け入れられる大きな安定した心が安心です。立命というのは、天命に導かれて運を切り開くこと。天から授かった己の人生を生き切ることです。)」
                         (安岡正篤)

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